おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【ビッグ・シック 僕たちの大いなる目ざめ】小ジョークの国アメリカ

フロリダのディズニーワールドにはモンスターズ・インクのラフ・フロアーというアトラクションがあるのだけど、これはお客さん参加型のアトラクションでまあディズニー・シーのタートル・トークと同じ感じかなと思うじゃない?でもこのアトラクションではなんと指名されたお客さんはジョークを言わなきゃいけない(多分)。しかも挙手制じゃない。私は怯えた。「そこの赤いTシャツがクールな人間のお嬢さん」と指名されたらニヤニヤするしかない。しかしアメリカ人はとっときのジョークを5つくらいきっと持っているのだろう。もうやだ。

というわけで実話を基にしたパキスタン移民のコメディアンが家族に内緒でムスリムじゃない女性と付き合うけどその彼女が意識不明になって……みたいな話の『ビッグ・シック』だけど基本的には小ジョーク映画なのでかなりの密度の小ジョーク。アメリカの象徴としての小ジョークと思いきやパキスタン移民はパキスタンジョークをたまに言うので油断できない。つまり小ジョークはあの土地に常に揺らいでいるのだ。

エスニシティとか宗教とかの話ではなく、割と普遍的な、社会的背景に遮られて「大切な人に大切なことを隠す」とか「勇気のないまま相手と一緒にいる」というものをどう乗り越えるか、みたいな話で、葛藤の中心は主人公のコメディアンとそして彼女の両親だったりする。これは想定外だった。昏睡してしまった女性を中心にして、その人を愛していた人たちが自分たちの問題と向き合う。小ジョークを言いながら。

で、そこで見つけた結論はいろいろだけど、一言で言うと「人のせいにしないで、愛している人は愛している人で、自分の人生は自分で決めたほうがいいよ」ということなのかな。あくまでエスニシティとか宗教は人生のオプションであるべきっていうか。病院を変わる変わらない問題も、たぶん「自分の判断で最善を尽くす(それはもしかしたら間違いかもしれない)」という意味を含んでいるように思えたし。

いくつものアイデンティティが重なる瞬間を描いた映画だけど、彼らは実は小ジョークでつながっているのでまあアメリカなのかな。