おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【デトロイト】すべてに絶望し、そして最後に辿りつく

ユースチス!あんた悪い子になって!とウィル・ポールターにドキドキ。子役の印象が強いからウィル・ポールターが悪いことばっかりやってると余計にいたたまれない気持ちになる。

デトロイト暴動の始まりから火に包まれる町とその火が及んでいなかったはずのモーテルでの悲惨な出来事、そしてその悲惨な出来事がどのように裁かれて巻き込まれた人はどうなったかを描く映画なんだけど、主要人物が何人かいるのでドラマとして没頭するのは結構難しい。それがビグローの誠実さなのかそれとも躊躇なのかはわからない。

結局真相は謎の部分もあるので映画で起こる出来事はその場にいるリアリティと切迫感、おそれる人のおそれた瞬間の震え、や暴力の推進力に足払いされて転げ落ちていく引き金の重さ、や論理を引き裂くその場の判断、をこそ大事にされていて、人の感情の動きや「なぜ?」には立ち入らない。それは実在の事件を扱う上での誠実さだろう。

なんだけど一方で、ラリーの結末、私はすごく好きだし、映画を善きものとする意志を感じたのだけれど、そのせいで映画の輪郭が緩んでしまっているようにも感じた。そこだけドラマになっているのだよね。映画って難しい。

世界にいる一部の人に手ひどく裏切られた人が、世界すべてから目を背けずにはいられなくなってしまい、どこにも行けなくなってしまい、ただとしつきだけを運ぶ人になってしまう光景を、きちんと優しく撫でてあげたあの結末は、やっぱり必要だと思うし、ありがたいんだよね。