おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【ゲット・アウト】その肉体、羨ましいわあ

黒人レスラーのフィジカルに憧憬を覚える瞬間は枚挙にいとまがない。骨格あるいは筋肉のつき方の差にいつもため息を漏らす。モンゴロイドだろうがコーカソイドだろうが太った人もいれば痩せている人もムキムキな人もいるのに「ネグロイドは鍛えればすぐに筋肉がつくからいいよね」と言ってみせる私がいる。なんという差別だろう。続いてこんなことすら付け足す。「今のは羨ましい気持ちを素直に表現しただけ。差別じゃないよ。その意図はない」

差別である。

おおっぴらに「XX人はきたない、頭が悪い、残酷だ」と言うことは決まりが悪くなる(もちろん実態はそうでもない)この世界を差別がなくなった社会と考えられればどんなに楽か。「オバマが、黒人が大統領なんだから、差別なんて過去のこと(もう白人だからって決まりの悪い思いしなくていいんだ!)」と笑顔で言って、「いやあ、黒人はムキムキで羨ましいわあ(むしろ黒人を羨んで見せたりだってしちゃうもんねー)」とその腕を無遠慮に触る。
大きなかたまりだった差別は細い糸のようにわかりづらい姿になって散り、私たちの日常にうまいこと入り込んで縛る。

そして名誉白人ぶっている日系人だって出ちゃう。発達しづらい背中の筋肉のせいで猫背がちな、見た目だけだとアジア人って広く言える気もするけど、語尾の母音だけがめっちゃ強い発音は完全に日本人。韓国でも中国でもないってはっきりわかる。

この人については以下のインタビューで言及されててありがたかった。

globe.asahi.com


劇中、タナカという日系人あるいは日本人の中年男性が、裕福な白人集団にまじって出てくる。彼が登場した意味を聞くと、ピール監督は日本人の私に言葉を選びつつ、答えた。「タナカはマイノリティーだが、白人エリートの文化に受け入れられ、彼自身も溶け込み、カネもある。そうした『モデル・マイノリティー』を描こうという考えからだった」。あぁ、とてもよくわかる。日本の人はアジア系として米国ではマイノリティーに位置するのに、まるで自分が「白人」の側にいるかのようにふるまい、「黒人とは違う」と分けて考えてしまう人が、いる。

日本人も加害に加担してるよ、としたいシーンのはずなんだけど、この「日本人の私に言葉を選びつつ」というのがミソよね。黒人差別を映画で表明した映画監督が、自分の映画で描いたアジア人について当事者のアジア人に語るときにはきまり悪くなってしまう。これは名誉白人ぶる差別主義な日本人を描いてるんだよって言っても、それを日本人と表現するときに使用する表象は明確に差別的な揶揄とならざるをえない。言ってることとやってることが違うっていうか、言ってることを自分もやっちゃってるよねっていう。だからいざその表象を現実に生きている人に説明するには言葉を選ばなきゃいけないんでしょう、それってでも、差別じゃないのかなー。

映画の話としては前半のパーティーシーンがやや冗長に感じたけど、たぶんアメリカで生きる人には「あるあるwww」って感覚が目白押しなんだろうから文化圏の違いってことで仕方がないかな。とにかく友達のTSA職員がすんごい良かったし、トランプ政権誕生によって変更されたという結末は当初予定されていたものより抜群にお話としてのまとまりを作り出していて、ホラー映画ほど結末が重要やねーって思いましたよ。