おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

「全日本プロレス45週年記念両国大会〜新たなる決意〜」空白、夏のプロレス地図

夏はプロレスを見たかった。今年の夏は特にそうだ。私は暫定的な地図を自分の中だけでも描きたかった。世界化していくプロレスの中でさまざまな日本の団体が個性を発揮しつつ多様な客を集めている。そういう未来への助走として今年の夏は定義できると思っていた。特に全日本は、春以降チャンカン開幕戦などは興行としての完成度と楽しさにワクワクしたし、新日とは違う方向性を見つけたのだと嬉しかった。プロレスは私の願望を載せる場ではないのに勝手に期待した。

しかし結論から言うと心配しかない。新日本一強の現状ははっきり言って不健全だと私は思っているので、先週のDDT両国大会と併せて日本のプロレス、新日本だけじゃないよ〜と確信するつもりが両国はハコとしてデカいとかそういうこと?東京ドームならわかるけどさあ……。

いいところというと野村は良かった。関節が柔らかいのか、いかにも負けそうなビジュアルと動きなんだけれど、負けん気をきちんと出していて食ってかかっていて、体が更にできていけばきちんと説得力が出てくる選手だし、直立状態でうかがえる柔らかさっていうのはなかなか得られない資質なので野村なりのスタイルができていくのが楽しみだ。あとは大日本勢の勢いとか石川の良さとかは見えたけど、それを全日本の大会で確かめてもという。

まあ、問題はあれだよね。諏訪魔vs小島……。生で見れて良かったと言えばよかった……のか?

まず言いたいのは、新日本と全日本のイデオロギー対決っていうかイデオロギーでもないか、新日ファンは小島が勝てば喜ぶんだろう?みたいな揶揄はこの時代には本当に意味がないってこと。しかし垂れ幕新調しないのかないい加減。

伏線はあるにはあった。4vs4の試合でジョー・ドーリングは試合の途中で帰ってしまった。病み上がりだからかな?とドーリング好きなので好意的に見た。今年、家族が癌になったとき、ドーリングの〝脳腫瘍になったけど一年で復帰したし試合もガツガツする〟姿は異常なほどに希望めいて見えて、私はもっとドーリングの声を聞いていたいと思った。

にしてもドーリングの乱入は雑だった。まず試合前に来るのも(うーん……)って感じだったし、襲撃の内容もお仕事流れ作業感。そして続く試合の諏訪魔も同じ感じ。小島は基本的にどの試合でも同じことしかしないので、諏訪魔がそんな感じだともうオチはつかない。っていうか全日本の選手の何人かは「明日倒産するって今日言われた社員」みたいなやる気のなさを発していてマジで心配になった。客の入りも(一面潰すとかをしなかったので見た目的には寂しい部分もあったが)普通だったので、本当によくわからない。

全日本の興行はドリー・ファンク・ジュニアを筆頭にしたお年寄りファイトなど、新日本にはない〝興行〟感があってバラエティに富み、統一感には欠けるが緩急を意図的に作れるという意味で全体の流れをある程度コントロールできる作りになっている、と思う。だけどその多彩さが裏目に出ていた。ひと試合ひと試合が終わるごとに、その試合を目当てにしていたであろうお客さんがちょっとずつちょっとずつ帰って行ってしまうのだ。逆説的に、新日がG1ってパッケージで夏に両国大会をおこなうメリットを痛感した。

本当になんだったんだろう。私の夏のプロレス地図は大きな空白が残ってしまった。あまりの空虚に、オチとか結論も出せない。