おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【スウィート17モンスター】イタいを笑う大人の残酷

美女と野獣』でした。
私って本当はすごいのに正当に評価されないわ!と若さゆえの(そしてそれは本当は若さゆえのではないということに年をとって気づいて絶望するのだ)モヤモヤとうまくいかなさをもてあましている女の子がただただ周りにそのエネルギーをぶつけて見下す……。そしてその見下しぶりは身に覚えがありすぎて悶絶する。『ゴーストワールド』を例に出すまでもなく、〝イタい〟女の子はサブカルおとなにとってはイタ気持ちいい娯楽なのである(〝イタい〟男の子は直視するのが怖いので童貞とかそういうところに逃げがち)(童貞は女のせいにできるからね)。そして『ゴーストワールド』と違って2017年には彼女を迎えるバスさえ来ない。これはきつい。

ネイディーンは文科系のアジア人(金持ち)をバカにして「これって差別かしら?」と失礼なことを言った後に言い訳をして許してもらおうとしたりする。こういう描写をイタい女の子のリアリティとして描くことはちょっと卑怯なんじゃないかとアジア人の私は思う。『ももいろそらを』の、女子高生にゲイ男性を「アナルファッカー」と露悪的に呼ばせているシーンに似た違和感を覚える。あれはひどかったね。そして結末は美女と野獣だ。ん〜〜〜〜〜〜〜〜。

ただ、描出されるセリフやシチュエーションひとつひとつはとてもディテールに富んでリアリティに満ち、特にメンターたる教師のしなやかさは古典的な導き手のありようを見事にアップデートしている。ジョックスの兄が何も失っていないと思う彼女の傲慢も、母娘の「相手に人格があるなんて思いもよらない」無神経も、母親が最後に示す勇気も、見られてよかったシーンはたくさんある。けれど私はこのネイディーンのイタさを微笑ましくて懐かしいと思って見ることはできない。だって実際、ネイディーンみたいないま17歳の女の子は、多分実際、いま苦しい。

いろいろモヤモヤした部分は多いけど、「どいてよ」っつってちゃんとどく、という当たり前のシーンには、どうしようもなく羨ましい気持ちを覚えてしまう。