読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【美女と野獣】よくわかる野獣の初恋

メインテーマで「Beuty and the Beast」〜♪と歌うところが丁寧に「美女と野獣」といちいち字幕が出ていてちょっと面白かった。まあその通りだし字幕としてはめっちゃ誠実だけれども!調べてみたら吹き替えだと「愛の扉」〜♪になるみたい。閉じられた隔絶されたまるで舞台のような世界で歌を歌い踊る楽しい映画!という昔のスタジオ映画っぽい風情はむしろ新鮮で、今これを万人向けにやれるのはディズニーだけなんだろうなあとオープニングからすでに圧倒。

しかしオリジナルのアニメ版でも思ってたけど、やっぱりベルの内面がよくわからない。他人の内面がよくわかる必要なんてないかもしれないけどこれは恋愛のお話なのでやっぱりよくわからないと多少は困る。野獣はわかる。野獣が自分のありのまま的な部分を見た上で初めて優しくしてくれた美人に初恋しちゃうのはわかる。

この違和感はどこから来るのかと思ったらたぶん「呪いの解除=お話のゴール」が、野獣が真実の愛を自らの中に見出せるかどうかなのに、それが中盤の終わりに既に達成されちゃって、あとはベル次第みたいなところになっちゃってるからなんだな。でも最後までベルの愛の中身っていうのはようわからん。ベルはようわからんように描かれている。おそらくそれはオリジナルのアニメが作られた時代のプリンセス像とベルの描かれるべきキャラクターとがイマイチうまく噛み合ってないからだろう。

ベルは読書好きの女の子で変わり者だが、それ以外はどこまでも庇護を受けるべき客体であり、お話自体がガストンのベルに向ける視点を内面化しちゃってるからなんだな。だってガストンの語るベルの幸せな未来と、人間に戻った王子とのダンスから想像されるこれからの未来と、あんま変わんない気がするし。それでいいのかエマ・ワトソン

そんな中で愛の輝きをもっとも体現していたのはル・フゥで、彼は最後までガストンを自分なりのやり方で愛そうとする。愛は賢いものではないし、過ちさえ受け入れてしまう弱さがあるし、しかしそんな愛を抱えたままでも正しい人間でいることはできるということをル・フゥは示している。好きだった人を諦めても、それはいつか過去になるっていう冷たいけれど希望に満ちた事実も含めて。