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おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【マグニフィセント・セブン】多様性がもたらす筋肉

筋トレしてると自分がモンゴロイドの女性だとつくづく思い知らされる瞬間がある。何度負荷をかけても細いままの腕。差別を区別とのたまう下劣な人々の顔が頭をよぎる。

で、この映画のイ・ビョンホンだ。彼が教えてくれたことは、私はあまりにも偏った筋肉の見方をしていたということだ。デンゼル・ワシントンクリス・プラットがぶん回す筋肉は見慣れたいつもの映画の中の筋肉で素通りしてしまいそうになるのだが、その中でイ・ビョンホンの筋肉は明らかに異質なしなやかさを持って7人の人種も出自も違う人々がいる説得力を語っている。銃を撃つにしてもナイフを投げるにしても柔らかなそのストロークはアクションの部分に奥行きを与えている。私は筋肉のことを何一つ知らなかったとすら言える。多様性がもたらす強さとはこういうことだ。

個性的なキャラを前半で紹介して後半で畳み掛けてアクションというのは定型と呼ぶことすら躊躇われるひとつのルールとなっているけど、それが五十年以上も続く強度を持っているのはなんだか知らんがすごいことだなあとまずはしみじみ感心してしまったのである。

とはいえリメイク元の二つの作品とは明確に違ったメッセージをフークア監督は持っていて、当時であったら見るものが居心地悪くなるような結論すなわち「勝ったのは農民だったのだ」というのは驚くほど陳腐になっている現代であるから(このテーマを今現在でも真顔で語れると思っている奴はどうかしている)、倒すべき敵すなわち資本主義的なものを武器として振るうことに躊躇がない資本家には多様な人々の寄せ集めによってこそ立ち向えるものであるというのは本当に今こそ響く話。