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おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

後楽園ホールにて

後楽園ホールはずいぶんあかるい

真ん中を決めるレスラーの背中の水面は星空をうつしてやたら眩しい

きれいな空気を吸うのは体に悪いと知っている人たちしかいないから

首は肩まで半分以上埋まって鍛えた肉体に溺れている

ずいぶんあかるい後楽園ホールはきいろい照明がかかっている

きいろい照明の無遠慮な放物線に串刺しにされて足元には わたし がうずくまり

そこここには旅立ちそこねた人たちがおおきな声を出してきれいな空気をいやがっている

オレンジ色の椅子の足元にはウォッカが混じったレモンハイ

こぼれてびたびたの新聞紙はきのう旅立った人の負けおしみ

 

さあまずはロックアップだ。

人間の致命的な部分だけを痛めつけて

いとも簡単に死ぬ人間のからだを確かめるように

それは首や腰や頭

撲ったり打ち付けたり突き刺したり抱きしめたりして

パイルドライバーバックブリーカージャーマンスープレックス

名付けられる意味のあるゆいいつのものたち

もりあがった胸が投げかける影に逃げ出している痛みたちは

誰にも見られないまま皮ふの下にもぐり込み

呼吸のかわりに人間をうごかす息づかいになる

星空は大理石の水面にゆらゆらと輝きつづけ

負けるときだけ地面にはりついて見えなくなる

 

どうしてか死なないで立っているいくつもの水面がうつすのはもちろん わたし

うずくまったまま椅子にしがみついてうつる わたし のとろけた姿を

空もない風もない緑もない苦しくないのはここだけだから

考えるすきまを全部うめたいゼノンの矢がおおきな背中をおおい隠す

明日はこないと信じたいのだけれど

アルコール度数の高い液体はとっくに揮発してい

わたしとわたしたちは次の わたし に押しやられ

きいろい照明の当たらない

こんどの痛みに姿を変えて

後楽園ホールはずっとあかるい