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おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【ジェイソン・ボーン】エンプティ・アイデンティティ

俺は誰だと問い続けて三部作を走りきっていちおう俺はあいつで今はこいつと決めつけることができたジェイソン・ボーンの物語はしかし、何か大きな力によって引き伸ばされて続いてしまった。そして当然ながら、ハッピーエンドで終わったはずの物語が続いてしまうと、Zガンダム逆襲のシャアの例を挙げるまでもなくそこに生きる人物は新たな苦しみが与えられてしまう。そしてアムロは死んだ。物語ることは基本的には、悲劇を語るということだ。

まあでも続編を作ること自体は悪いことじゃない。逆襲のシャアはとっても面白いし、とっても大切な映画だ。なんだけど。

自分が誰なのか取り戻したはずのジェイソン・ボーンの中身は過去3作の彼と比べて驚くほどに空っぽだ。申し訳のように添えられた彼と父と組織との因縁はまったく彼の動機たる説得力を持たなくて、カマリア・レイが言った「子を愛さない親がいるものか」みたいなもので、親子ってそういうもんだからそう言ってみてそういうふりをしているだけ感がものすごい。その過去を清算したことで君の心は何か一ミリでも動いたのかいジェイソン・ボーン、あるいはデヴィッド・ウェッブ。一人でこれからどこに行くのだ。過去を取り戻した代償が手垢のついた一般論へと回帰することだというのは、ちょっとあまりにも、残酷すぎはしないかなあ。