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おかしくはないです

嫌いな言葉は「多幸感」

【プリデスティネーション】私は自由、と神が与えた言葉で語る

イーサン・ホーク

なんだかよくわからないけれど、イーサン・ホークを信じる気持ちは常に持っていたいなと思うわけで、彼の眉間の皺には、この世の分類不可能な感情がたぶんたくさん詰まっているという確信がある。

あとは女優さんがほんとに素晴らしくて、ドラマの感情の部分はこのサラ・スヌークさんがひとりで支えていた。映画みたいな荒唐無稽な人生のリアリティを担保するのは、ただただひとの思いの動きで、それだけがドラマと呼ぶに値するものであるのだろう。

神やあるいは運命に反抗する自由意志というモチーフは現代ではわりと反復されてきたけれど、自由意志と運命論は実は天秤にかけられるような対称性すら持っていないというおはなしで、『失楽園』に限らず、どんな反抗もさいごはrepentに辿り着いてしまうのは、やはり神がこの世界を作ったんだよ何を疑うんだという確信ががっしりと根を張っているからなのかな。

そんな前も後ろもない世界で、イーサン・ホークの眉間の皺からは、過去も未来もしまいこんで、ただ自分であることの難しさを乗り越える悲しみが、ぽろりとこぼれおちてくる。